おうちモンテッソーリをやってよかったこと

アイちゃん先生の「てんしのおうち」と朝日カルチャーの「実践・手作りのモンテッソーリ教育」でモンテッソーリ教育を学び、家庭でのモンテッソーリ教育をすこーしやっていました。
それ以外でも、参加できる講演会などがあれば聞きに行き、モンテッソーリ教育の本はいろいろ読み、日本モンテッソーリ教育綜合研究所附属「子どもの家」の夏期教室に参加させたり。


保育園児のフルタイム勤務の保護者って、とにかく、自分の時間がなかなか持てません。子どもが見ていないところで教具と教材を準備したくても、材料入手と作成が困難。
せっかく習ったことだから、全部やりたいのはやまやまですが。できる範囲でやろうと。
教材作って、お仕事させることより、モンテッソーリ教育の精神を学んで、日常生活に取り込もうと。


そんなゆるい取り組みでしたが。おうちでモンテッソーリ教育しててよかったなーと思うところは。


小2せっちーを見ていて感じる、

  • 見て学ぶ力が強い
  • 自立心が強い
  • 経験を大切にする

ということです。
何かをやりたがったときには、それがお仕事であってもなくても「提示」を基本にしていたため、見て、実践しながら、やりかたを学び覚えることを繰り返してきました。小学生くらいになると、動作としてのお手本から、本などを見ながらやってみる機会が増えます。たくさん手を動かしてきたおかげか、理解力相応のやり方を見ながらであれば、比較的スムーズにできるようです。もちろん、わかりにくい説明や難しいやり方だと無理ですけどね。


小1プロブレムという言葉がありますが、要するに、幼児教育と小学校教育の境目が大きくて、さらに兄弟が少なく、地域とも疎遠な家庭が増えて、その差に気付き適応できるようなチャンスが減ったために、小学校でつまづくお子さんが増えたと理解しています。


身の回りのことを自分ででき、先生の説明を理解でき、指示されたときに手足がそれないりに動くおかげで、小学校でも大きく困ることがなく、軟着陸できたかなと思います。


自分できるという自信、自分でできる楽しさを知っているので、のびのび過ごせるようです。
まぁ、学校で一番長く接する担任の先生によっては、本人つらい思いもしますが。


同時に、自分でやってみないとわからないという局面もあるようです。説明だけだと、わかったような、わかってないような・・・。やってみて、繰り返してみて、ああ、納得みたいな。


わたし自信は、以前よりも子どもを待てるようになったと思います。
早くして欲しいなぁと感じても、理由があってのことなら待てますからね。ましてや、敏感期だからこそ、であれば、待たなくちゃ、邪魔しちゃダメって思いますものね。
そうは言っても、好き勝手されて待たされると、イライラもするし、待たされるの困るって言っちゃいますけど。


また思いついたら、書きますね。